令和最初の衝撃ニュース
平成が終わり、令和が始まりました。明けましておめでとうございます。そして新天皇陛下、ご即位おめでとうございます。
最近読むことも書くこともできていませんが、書きたいことはいっぱいあるので今日も頑張って生きていきましょうね! 生キテル ダケデ 人類 皆 偉イ!
さて、あれです。あれ。
そう、あれ。
飴玉や灰皿じゃなありません。自ジャンルが久方ぶりに活動し始めました。
🎊🐼令和最初の重大告知!!!🎉✨
— クライマックスレコード広報 (@climax_records) April 30, 2019
【5月10日(金)正午】
パンダ社長からオーディエンスに向け
⚡超スペシャルなメッセージ⚡を公開!
令和元年5月1日
―クライマックスレコード株式会社―#ディアヴォ#ありがとう平成#新元号#令和 pic.twitter.com/coGi6VySC5
平成最後のとか令和最初のとか、そういう煽り文があんまり好きではないので使わないようにしているのですが、自ジャンルの公式様が使っているので使わざるを得ない。
令和最初の発表って何かな~。新シリーズかな~、アニメかな~、ゲームかなぁ~。
アルバム+新曲だけっていうのが一番安牌だからそれがいいそうしよう。
正直カウントダウンしようがしまいが、公式が動く=良くも悪くもストレスがかかる、のであれです。普通に怖い。
ストレスって正しく言えば外的刺激なので、別に悪いものではありません。そもそもストレスには良いものと悪いものがあります。なので、一切ストレスのない環境もよくないのです。何も変化のない日常でメンタルが病むのもストレスが一切ないから、とかじゃないですかね。知らんけど。
私にとって公式が動くのはストレスです。でも、良いか悪いかは今でもわかりません。
だって、こんなにも動いて「嫌だ」と思っているのに、それと同時に「待っていた」とも思っているのです。
嫌なのは、まあコンテンツへの感情を拗らせ切っているからです。
有名になった某マイクで「公式が解釈違い」ということで盛り上がったかと思います。あれに近い感情です。
なんといえばいいんでしょうね。キャラ設定が甘いというか、キャラを形作る情報が共有されていないというか。私が好きになった推しが公式によって別人にすげ替えられているような、そういう感覚。
いや、変更権も推しの人権もそもそもの権利も公式が持っているんですよ? そこに疑いようも文句もいうつもりもありません。文句言いたくば、そこを交渉できるように頑張ります。
でも、なんというか、なんででしょうね。
会えば会うほどに違和感を感じるのはなんでなのでしょう。
そこもあるあるな話だと思うんで、突っ込んじゃいけないってわかってはいるんですけど、でも、突っ込んじゃいけないのと、私が感じたことをアウトプットするのは別かなって思うんです。
作成する人が増えれば増えるほど、扱う人が増えれば増えるほど、キャラクターがぶれてしまうと私は思っています。もし、もしも増えていない・変えていないのなら、きちんと明言してほしい。シナリオis誰。Twitterの中の人is誰。
突っ込んじゃいけないし、調べちゃいけないことでしょう。でも、じゃあ、せめてものだけど中の人を感じさせないでほしい。ねえ、ロケハン撮影以外の写真いる??? 安室さんのコンサート行ったの誰です? 推しの好きなアーティストに安室さん突っ込むのか突っ込まないのかはっきりしてほしいんですけど。やめようこの話。誰も幸せにならない。
推しを形作る人が増えれば増えるほど、推しの存在があいまいになってしまう。もう見過ごせないぐらいの違和感が、ずれが、たった1年半でできてしまったのに、これから時間を積み重ねていけばどれほどずれてしまうのだろう。
私はそれが怖いです。
そもそもな話、人間の存在ですらどうやったら証明できるかわからないのに、2次元のキャラクターはいわんや。
動けば動くほどに粗が出てしまう。
その点、音楽は当初から作詞作曲が一緒だからか、音楽に対しては誰も何も文句を言わないんですよね。作曲家様もきちんとバンドらしさをイメージして作曲されているってインタビューで答えていらっしゃって、ものすごく安堵した記憶があります。大好き。
新曲が出るのは、素直本当に嬉しいです。
彼らを形作る原点にして頂点のものが増えるの本当に本当に嬉しいです。
でも、だからこそ、シナリオが怖い。そしてTwitterが怖い。
Twitterに感じる違和感が何なのか、それでも喜んでしまうのは何故か、何となくわかるんですけど言葉にするのは怖いです。これ以上、形にしてしまうと、受け入れるフリすらできなくなりそうで、怖いです。
まあ、とはいえ無理くり受け入れるんですけど。どんだけ文句を言おうと、公式がそこにそうしてある以上、私は正規の手段でお金を払います。時間を使います。やれと言われたことはやります。
それが推しの彼女という姿からかけ離れたとしても、私は推しが実在するバンドマンとして扱いたいから。メーカーが作った一キャラクターという空想上の人物ではなく、一人の男として好きになった人だから。
決して公式に何かを期待も願いもしないけれど、推しを産んでくれた、そのことに対して最大の感謝を形にしたいから。そして、どんなものであっても推しを形にしたものはいくらあっても困らないから、グッズはちゃんと買いたい。いくら持っていても、ランダムだったとしても、私は買いたい。推しが出ても出なくてもそうしてお金を稼いで存命するというのなら、やっぱり余裕があれば出るまで買いたい。
私の荷物が全部なくなっても許せるけど、推しのCD以外のグッズが不当に捨てられたら多分相手のメンタルが再起不能になるぐらいのことはしてしまうと思う。CDも捨てられるのは嫌なんですけど、CDは名刺なので(?)。名刺は配るものでしょう?(?)(気づくと再生用と保存用以外のCDがなくなっている顔)
動き出してくれたのは推しにまた会えると思うと本当に嬉しいんですけど、やっぱり信頼と信用ができなくて怖さしかないです。何を書いても不安と不満しかない。
でも、やっぱり掲げる神輿である以上、付き従うことしかできないんでしょうね。金は一応出すけど、どうか互いに共存できますように。
そして、次は推しの命と、いろんな意味で追っかけている自分の命が脅かされない内容だといいなぁ。推しが健康で文化的に幸福な人生を歩めますように。推しがああいうキャラクターである以上、シナリオが進む度に、業が深いからどうしようもないのだろうけど。
声優様に現実逃避して現実楽しんでいるけど、推しがいるから今の私が生きていることを忘れずにいたいものです。