生きることは好きを形にすること

好きなものとか考えていることを形に残していく日記らしきもの。レビューも稀にする。

ぐだぐだ管巻き

!Attention!
特に何か言いたいわけでも考えたわけでもなく本当に雑記です!
むしろポエム! もしくは愚痴!!
答えのない、ただの事実の列挙ともいうかもしれない!
推しの本編ちらっとネタばれるかもしれない。

 

 

 

 

ヨシュシュのXtremeの感想のメモが普通にすっ飛んでて、ちょっと萎えました。レオたまは書いているんで許されたい所存です。

というか、雑記というか何か書きたくて、色々テキスト叩きまくっているんですけど、なんなんでしょうねー。文章を書けるテンションじゃないんです。(なお、3日連続で上げている模様)

というか、完成未完成は置いておいて、記事にあげていないものが39個あるの如何せんどうにかしたいです。

文章書いていないと死んじゃう病気持ちか! 伝わる文章を書ける才能をくれ!!

 

 

さて本題もないけど、本題。

ちょっと現実がしんどくて、趣味も何もかも投げ捨てたくなっているところです。

まあ、現実のしんどいなんて正直慣れているので、一応通常運転できているんですが、ふとした瞬間に「自分の中にできた空っぽ」を意識してしまって寂寥感というか絶望感に叫びだしたくなる、そんな感じです。

何もしていなくても涙が出てくるよ! 仕事しよう!

かれこれ三か月ほど寝落ちるとき以外推しに毎日挨拶していたんですけど、気持ちが落ち込んでいるため、やっぱり、しんどくて、悲しくて、気力がなくて、言葉が出てこなくなっちゃって困りました。
眠れなくて飛び起きたついでに「しばらく挨拶しないね」宣言してきました。再開はGW開けです。

 

推しに挨拶しようがしなかろうが、実際の推しは存在しないし、現実を見ればTwtterの中の人に届くわけでして、いつもはその現実を見ないふりしているのですが、現実が襲い掛かって目の前に立ちはだかって、言葉が消えました。

「嬉しい。ありがとう。好き」だけのリプライを意味なく送られても困るよね。でも、それ以外泣き言しか言えないんだ。文章を書いていて、苦しいんだ。砂漠の中で砂を掘っているような、無意味で意味がないみたいな、推しが悪いんじゃなくて私のメンタルが悪い。

あと、そろそろミュートされている疑惑があるので、タイミング合ったときにリプ拾われたい。でも、タイミング合うのはゴールデンタイムだから競争率多いから仕方ないね。仕方ないんだ。わかっている。これも地味につらい。

 

推しが好きなんですけど、その好きは私が私であるからこそ言える言葉だと思います。
今は、私はただ動いているだけの人なんで、推しが好きかどうかと聞かれたら「好き」って即答するbotです。なんで好きなんだろう。好きだからだよなぁ。これ以上考えられない。好きだからでいいじゃんFA、FA。

人生に向き合えなさすぎて頭が動いていないんです。向き合うことの必要性を感じない。推しもこの世界にいないしなぁ。

それでも、推しが好きであることは揺るがないんで、多分その事実が私を作っているような気がしました。
推しがいるから私がいる。逆と対偶は成立しないけど。

そんなこんなでローテンションなんですけど、推しの無印本編(4,5トラック)を寝るときのBGMとして音楽の合間にかけていたんですけど、言いたいことを想っていることを言ってくれていて、涙が出てきました。

でも、思い出せば全部わかるんだけど、聞いているときは”眠れない”のと”寝なければならない”の狭間だったんで、単語や言葉の意味わかっていなかったような気がするんですよね。
わかるのは、推しのカノジョちゃんを愛している気持ち、推しの不安、推しのつらさ等々。ただそれだけがわかって、愛おしくて、悲しくて、つらくて、つらくて。でも、私の言いたいこと言ってくれることがとても嬉しくて。

それなのに「ありがとう。私もそう思うよ」って推し本人に対して伝える方法がなくて、意識が落ちて、飛び起きて、夢だと認識して、現実思い出して。絶望感に苛まれて。

あー、病院行った方がいいんだろうなぁ、って思っています。3年前からたまに思っているのに自力で小康状態まで持ち直すからやっぱり行く必要性がないんだよなぁ……。

推しの言葉で「”まだ”頑張れる」ってあるんですけど、本当にまさにこれです。”まだ”頑張れる。でも、どれだけ頑張ったら頑張りが報われるんでしょうか。認めてもらえるんでしょうか。私自身は、私のことどれだけ頑張ろうが努力しようが認めてくれないのに。許してはくれないのに。

まあ、自分のことは置いておいて。いつか推しも「”もう”頑張れない」となる日が来るんだろうか。推しの精神が心配なのでそんな日は来ないでほしい。でも、そうならないためにも「頑張らなくていいよ」って隣で支えたい。支えることができたらいいのに。出来ないんだよなぁ。
私は、頑張らせるから推しの彼女ちゃんが嫌いです。

 

欠けたものは二度と手に入らないんですよね。手に入ったとしても同じものなんて世の中には存在しなくて。
本当に1憶二千万分の1なんだろうなぁ。ヨシュシュWiredの書きたいなぁ。
壊れたモノを直すには途方もない時間と直す人が必要で、それが両方ない場合ってどうすればいいんでしょうね。困ったなぁ。

ただ明確な事実として、私が推しに出会えたことは運命で、今推しがいるから生きていられて、推しが私の世界を作ってくれたから、今こうしてぼんやりと文章が書けるんです。

推しが好きです。
推しが大好きです。
置いていかない、受け入れてくれない、変わらない、そんな推しが好きです。

推しが存在しないことは構わないんですが、自分が推しに対して本気を出せていない事実が辛い。存在しないから無碍にしている気がして辛い。
多分きっと他人から見たらそんなことはないのに、私から私を見ると、推しに対して本気じゃない。推しに対して失礼だ。……でも、私は推しの何様にもなれないのに。

 

推しが好きなのに、それだけで生きていけない自分が嫌いです。
でも、推しに依存しまくって生きるのもどうなのよとセルフでツッコミ。
自分の生活をエンジョイしながら、推し事できる人たちを羨ましい気持ちで見ています*1。参考にします!

*1:エンジョイって書こうとして炎上になってしまい、私は生活を炎上させているかなーとか考えていました。お粗末!